舞鶴市 |
松尾寺 | |
青葉山の中腹にある松尾寺は、西国霊場の第29番札所で、馬頭観音を本尊としています。その歴史とともに、境内の美しさ、収蔵する文化財の多さ、そして、江戸時代から伝わる珍しい宗教行事「仏舞」の行われる寺としても有名です。 |
赤れんが博物館 | |
赤れんがのまち・舞鶴のなかでも現存する最古級の鉄骨れんが建造物明治36年に建設された魚雷庫を活用。現存する鉄骨れんが造りの建物としてたいへん貴重なもので、国の重要文化財の一棟。館内ではれんがの歴史、世界各国の鉄骨れんがなどを展示しています。 |
舞鶴引揚記念館 | |
“母は来ました、今日も来た”「岸壁の母」の歌とともに全国に知られる引き揚げのまち舞鶴。昭和20年10月7日に引揚第1船「雲仙丸」が舞鶴に入港して以来、13年にわたり、66万人以上の引揚者と1万6千柱の遺骨を迎え入れ、多くの喜びと悲しみのドラマが生まれました。 |
平引揚浅橋 | |
舞鶴湾口に近い、大丹生沖の検疫錨地じゃら平泊地に着いた引揚船には、ランチが横付けされ、引揚者はこれに乗船して平浅橋へ。そしてこの木造の浅橋を渡り、「歓迎」のアーチをくぐり、夢にまでみた祖国の土を震える足を踏みしめながら上陸した。その平引揚浅橋が、記念館近くに復元されている。 |
安寿姫塚 | |
安寿と弟、厨子王の悲しい物語は、森鴎外の『山椒大夫』でも馴染み深い。非業の最期を遂げた安寿姫は、土地の人びとに手厚く葬られ、安寿姫塚として残されている。 |
福知山市 |
福知山城 | |
福知山城は、天正8年(1580)ごろ、丹波平定に成功した明智光秀が丹波の拠点として新たに城を築いたのが始まりとされています。 以来、戦乱の時代、城主が交代する中、順次整備が進められ、慶長5年(1600)ごろに完成したようです。 |
佐藤太清記念美術館 | |
福知山城公園の一角にあり、お城の外観をした美術館で、平成2年に開館しました。 福知山市出身で文化勲章を受章された現代日本画家・故佐藤太清画伯の作品を中心に展示しています。美しい画面のなかに自然のやさしさや厳しさが描かれた作品は、見るものに深い感動と安らぎを与えます。 |
御霊神社 | |
市街地の中心に位置する御霊神社は、もとは稲荷社で商売とのかかわりも強く、町の鎮守、庶民の神社として親しまれています。 現在は、明智光秀の霊が合祀してあり、光秀ゆかりの神社としてもよく知られています。 |
観音寺 | |
観音寺は、市内東部にある真言宗高野山の末寺で、6月にはあじさいの咲き誇る花の寺「あじさい寺」として親しまれています。 奈良時代に開かれた伝承の残る、歴史のある寺院です。 |
額塚古墳群 | |
古墳はその時代の豪族が次の世代の安住所として造ったとか、権威を誇示するために、生存中から造らせたといわれている。 額塚古墳は、古墳時代後期(6世紀ごろ)に造られたもので、この付近一帯に約40基弱の古墳が点在している。 |
長安寺 | |
平安時代に造られた薬師如来像(秘仏)を本尊とする、薬師霊場としても親しまれています。 豊かな自然に囲まれて、四季それぞれに美しい姿を見せてくれます。 |
綾部市 |
綾部八幡宮 | |
綾部八幡宮は治承年中(1177〜82)小松内府三位中将 平 重盛 卿 が丹波の國守であった時、山城石清水八幡宮の別宮としてこの地に勧請したと伝えられています。 天正年間(1573〜90)に火災に罹り宝物、記録をことごとく失いましたので由緒はあまり明らかでありませんが、綾部藩の記録によりますと「ここは平重盛の領地なり、治承年中に重盛卿の勧請か」としています。 |
私市円山古墳 | |
私市円山古墳は、作り出しをもつ大型の円墳です。墳丘の規模は、全長で81m・高さ10mを測ります。京都府内では最大規模の円墳であり、由良川流域では、前方後円墳を含めても、最大の規模を誇ります。 |
安国寺 | |
足利尊氏誕生の地といわれる安国寺。今も尊氏はこの地で眠り続けており、往時を思わせる茅葺きの本殿には紅葉がよく似合います。 |