岐阜市 |
手力雄神社 | |
御祭手力雄神は信濃国戸隠大明神と同神で、往古は佐良木郷ハヶ村の山中に祀られていたのを、後に現社地に奉還され、佐良木郷の産土神として崇敬された。 |
岐阜公園 | |
岐阜市の中央、金華山のふもとに広がるこの公園は、戦国時代の岐阜城主であった斎藤道三や織田信長の居館があったとされる場所です |
織田信長居館跡 | |
金華山のふもとの岐阜公園の一角にある居館跡。千畳敷と呼ばれる場所にあり、広さは約2500平方メートルある。巨石を使った通路や石垣、水路などが保存・整備されている。 |
日中友好庭園 | |
岐阜公園北部にあり、岐阜市と杭州市の友好都市提携10周年を記念して作られた庭園。中国風の門や、杭州市の名所・西湖を模して作られた池など、岐阜公園とは違った雰囲気を楽しむことができます。 |
長良川 | |
市内中心部を流れる川でありながら今もきれいな水をたたえ、その流れは多くの人に愛されています。夏になれば川原は水遊びを楽しむ人でにぎわいます。 |
護国神社 | |
当神社は、昭和14年内務省令により、明治維新以来の郷土、岐阜出身の戦没者の英霊をお祭りするために創建されました。 天に金華山を仰ぎ、前に長良川の清流を臨む山紫水明の地にあり、この建設にあたっては、県市町村・各職域団体よりの浄財及び勤労奉仕が寄せられ、文字通り岐阜県民全体の護国神社として今日に至っております。 |
長良川役所と付問屋跡 | |
ここには長良川役所と付問屋がありました。 長良川役所は、元和五年(1619年)に尾張藩が美濃に五万石の領地を与えられる以前からあったといわれています。 寛永十三年(1636年)までは対岸の早田村にありましたが、川の流れが変わるにともなって、ここに移りました。 |
ロボット水門 | |
昭和7年(1932)、鏡岩から元浜町に至る新しい導水路が忠節用水に直結された際、水防・放水量調節のために造られた(高さ9.5m、幅5.7m)。改修時に頂部に円錐が加えられ、丸い窓と共にロボットのような愛嬌のある外見となり、「ロボット水門」と呼ばれ親しまれるようになった。 |
瑞穂市 |
勝速神社 | |
700年代の初頭に既に社が祀られていたというこの社の御神体の素盞鳴尊は行基の作と伝えられています。 |
前野渡船場跡 | |
江戸宝暦時代 前野村(現瑞穂市)が加納藩の所有から幕府領になったころ、行政上の関係で開設されたと言われている。長良川にかかる橋の無い時代、前野村・只越村から対岸江崎・岐阜方面に向う交通手段として利用された。 |