東三河


豊川市

豊川稲荷
日本三大稲荷の1つ豊川稲荷は、妙厳寺の境内に鎮守として祀られた「豊川托枳尼真天」の通称で、嘉吉元年(1441)東海義易禅師の開創。境内11万u余りの中に、100余棟の伽藍がある。

豊川閣妙厳寺
1441年(嘉吉1)東海義易禅師の開創による曹洞宗の名刹。境内に鎮守として法祖寒厳義尹禅師自作の豊川だきに真天像が祀られ、豊川稲荷として広く知られている。数多くの武人、文人達の信仰を集め、中でも徳川家康は常に武運長久を祈願し、関ヶ原合戦の勝利のお礼には寺禄45石を増進し、永くこの寺を保護した。

三明寺
曹洞宗。文武天皇大宝2年(702)の草創で、霊顕著の妙音天女を祀る。三重塔は第一層と第二層とが和様で第三層が唐様の折衷様建築になっており、その手法は繊細でしかも秀麗。旧本堂弁財天の中央に置かれている厨子(宮殿)は、天文23年(1554)の造立で、室町末期の様式をよく伝えているものとして、国の重要無形文化財に指定されている。

三河国分寺跡
国分寺は、天平13年(741)に聖武天王が発した「国分寺建立の詔」により、東大寺を総本山として諸国に建てられました。
発掘調査により、180m四方の寺域に、南大門・中門・金堂・講堂が南北一直線に並ぶ壮大な伽藍があったことが確認されています。

国分寺
現在の三河国分寺はかっての国分寺金堂跡地に建立されており、一体的な整備が検討されている。
三河国分寺は平安時代末期には衰退し廃寺同然の状態となったと伝えられているが、1506年に再興され今日に到っている。
梵鐘は平安時代の鋳造と考えられ、往時を偲ぶ貴重な資料である。

豊橋市

安久美神戸神明社
天慶2年(939)、朱雀天皇が平将門の乱の平定御礼として神領を伊勢神宮に寄進した際に、この地に神明社を創建したのがはじまり。

豊橋ハリストス正教会
ビザンチン様式の建築で、県下正教会中最古のものである。内部に掲げられるイコン(聖像画)には画家山下りん作のものも含まれる。1984年(昭和59)県の有形文化財に指定。

吉田城
永正2年(1505)牧野古白が築城したもので、はじめ今橋城と呼ばれた。現在、清流豊川をのぞむ城跡には、石垣と昭和29年に復元された鉄櫓があり、一帯は桜の名所豊橋公園として市民に親しまれている。定期的に一般開放している。

豊橋市公会堂
昭和6年(1931)建築の半球ドームと鷲がシンボルのロマネスク様式の建物で、国指定登録文化財。完成以来多くの催しが行われ、現在も講演会の開催や式典、舞踊大会、歌謡大会等幅広く利用されています。

路面電車
「市電」の愛称で親しまれる路面電車は、大正14年に駅前〜神明〜札木間及び神明〜柳生橋間が開通。現在は豊橋駅から東部の運動公園、赤岩口を結び、通勤や通学、買い物などに向かう市民の足として活躍しています。札木−東八町間は車の行き交う国道1号線の真ん中を悠然と走ります。





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