石狩


札幌市

中央区

札幌市時計台
札幌市時計台は、北海道大学の前身である札幌農学校の演武場として明治11(1878)年10月に建築されました。この建物はW・S・クラークの後を継いで教頭となったW・ホイラーによって構想されたもので、当時アメリカ中・西部で流行したバルーンフレームと呼ばれる木造建築様式をモデルとしたものです。

大通公園
西1丁目から12丁目まで東西約1.5キロメートルに長く伸びた大通公園には、花壇や噴水、世界的な彫刻家、故イサム・ノグチのブラック・スライド・マントラ、遊水路などのほかに、彫像や記念碑などのさまざまな施設があります。

さっぽろテレビ塔
大通公園の最東端にそびえ立つ高さ147.2メートルのテレビ塔は、大通公園のシンボル。昭和32年に電波の受信、発信塔として建てられましたが、現在はその役目をほぼ終え、展望台や土産物店、レストランなどがある観光名所となっています。

YOSAKOIソーラン祭り
高知県の「よさこい祭り」を参考に、「鳴子」と北海道の民謡「ソーラン節」をミックスさせて踊るイベントで、1992(平成4)年に10チーム1,000人の参加者でスタート。今では国内外から約3万人が参加し、約200万人の観客が訪れるイベントとなっている。

北海道庁旧本庁舎
「赤れんが」の愛称で親しまれている北海道庁旧本庁舎は、1888(明治21)年にアメリカ風のネオ・バロック様式で建てられました。 日本の明治期を代表する建物とともに、緑豊かな前庭は札幌市のオアシスとなっています。

開拓使札幌本庁本庁舎跡
開拓使は、蝦夷地の開拓をつかさどるため、明治2年(1869)7月8日、政府の行政機関として設置された。その後、幾多の変遷をへて、その庁は、明治5年(1872)9月14日、札幌本庁と改称された。

JRタワー展望室 T38
北海道一の高さを誇るJRタワーの最上階に位置する展望室。360°に広がるパノラマは開放感抜群だ。毎月第2・第4金曜日、夜8時からは「そらのコンサート」も開催され、美しい夜景とともに音楽も楽しめる。

北洋銀行旧大通支店
金庫扉
北洋銀行旧大通支店に設けられていたこの扉は昭和36年に旧北海道拓殖銀行が本店新築時に地下貸金庫の扉として設置したもので、重量15トン直径2メートルと国内最大級の大きさです。
ビルの建て替えとともにその役割を終えたためオブジェとして「はまなすプラザ」に保存しました。

北一条さっぽろ歴史写真館
日本最初の公園であった偕楽園(北大南、清華亭があるところ)をはじめとした歴史的な写真とNPO会員が写した現在の各公園の写真を札幌駅前通地下歩行空間と北一条地下通路との接道部分に展示します。

中央寺
明治七年八月西有穆山師曹洞宗管長代理として來道せられ、本道各地を巡回しその宗教事務を執る事務所として、開拓使に出願して、南二條西九丁目に於て、千六百貮拾坪の地所を拂下げを受け、教部省に出願して許可を得て小教院を設立したり

大友亀太郎像
江戸時代末期から明治時代初期にかけ、北海道の開拓に貢献した相模国(現在の神奈川県)出身の幕臣。
二宮尊徳の門下生の一人としても知られ、札幌市の中心部に現在の創成川のもととなる、「大友堀」を掘るなど、用水路や橋梁をはじめとする土地の開発に尽力した。

復元里程原標
創生川公園には札幌の歴史を振り返る上で重要な文化遺産がさりげなく設置されています。
この地点が札幌建設の原点であったこと示す札幌建設の地碑。そして以前はこの地が北海道の道路の起点であったことが記された北海道里程元標、言ってみれば此処が東京で言えば日本橋。

創成橋
札幌のまちづくりの礎となった市内最古の石造橋。その歴史と技術を後世に継承すべく、往時の姿で復元した貴重な土木遺産である。

狸小路
札幌狸小路商店は北海道で最古の商店街の一つで、2008年で135年目(明治6年〜)を迎えました。
また、規模も最大級で7ブロック総延長約900m・店舗数約200軒の全蓋アーケードを持つ商店街です。現在のアーケードは二代目(昭和57年完成、一部を除く)で、国道部分を除き交差する路上をも覆うロングアーケードです。

本陣狸大明神社
狸小路100周年を記念して当初狸小路四丁目に建立されました。 その後、移転され現在は狸小路五丁目にあります。写真右手の「狸」には八つの徳(ハ徳)があるといわれており(例えば「大福帳をなぜると商売繁盛」「お腹をなぜると安産」)日々多くの参拝者で賑わっております

札幌舗装道路発祥の地
大正時代には, 北海道でも都市の近代化がすすみ, 各地で道路の舗装がはじまりました。この北3条通りでは, 大正13年(1924年) に北海道庁正門前から駅前通りまでの117.27mを, 歩道と車道に区分して舗装を行いました。車道はアスファルト, 車道には木塊(木レンガ)を施しています。

サッポロファクトリー
サッポロビール発祥の地にある大規模ショッピングモール。ガラス屋根がシンボリックなアトリウムは屋内庭園になっており、レストラン街も充実。レンガ館2階では北海道の定番みやげも販売されている。

札幌開拓使麦酒醸造所
サッポロビールの歴史を知ることができる写真や当時使っていた道具などを展示。ビールの製造工程や空き缶のリサイクルについてなど、写真や絵を使い、小中学生にもわかりやすく説明しております。

北海道立近代美術館
1977(昭和52)年の開館以来、自館のバラエティーに富んだ収蔵品をさまざまな角度から展示する「これくしょん・ぎゃらりい(常設展)」と、国内外のユニークで多彩な作品を展示する特別展を数多く開催。

北海道立 三岸好太郎美術館
北海道立三岸好太郎美術館は、大正から昭和初期の日本近代洋画史に鮮やかな光彩を放った札幌出身の画家・三岸好太郎の画業を顕彰し、作品その他関係資料の収集と保存、展示、および調査・研究、普及活動を行なう特色ある美術館です。

円山公園
札幌市民の憩いの場で、特に毎年5月上旬には花見客、6月には北海道神宮例祭の参拝客でにぎわう。もとは明治初期に開拓使が設置した樹木の試験場だったが、明治末から大正にかけて公園として整備された。

北海道神宮
北海道神宮は明治2年、明治天皇が北海道の開拓をすすめるにあたり、北海道の大地の神様である大国魂神と大那牟遅神、少彦名神を開拓の守護神として祀り、明治4年いに札幌神社と社名を定め、現在地に社殿を造営したのがはじまりです。

円山動物園
1951年、国内で10番目の動物園として開園。東京の「上野動物園」の移動動物園を札幌で開催し、好評を得たことがその起源だ。2013年6月現在、ほ乳類・鳥類・爬虫類などの動物184種、991点の展示飼育を行っている。

円山八十八ヶ所大師堂
大正三年に円山村の開拓功労者である上田万平・善七兄弟が円山登山道を開き、四国から本道に移住してきた札幌近郊の信仰者有志に観音像の寄進を呼びかけ、八十八体の像が建立されました。

円山原始林
円山公園の南はずれにある標高226mの小山を、うっそうとした原始林が覆いつくしている。山麓にはカツラ、センノキ、山頂付近にはミズナラ、シナノキなどが密生し、全山森林をなす。花、鳥、昆虫も生息、高山植物も多い。

弥彦神社
弥彦神社は本社が由緒ある新潟県の弥彦神社で、天之香具山命 をお祀りし、皆様の無事安泰をお祈りしています。
新潟県から札幌に移住され開発・発展に力を尽くされた有志の方々により、明治末、中島公園の地に心の拠り所と小さなお宮を建立したのが始まりです。

北区

北海道大学
1876(明治9)年に札幌農学校として開学。長い歴史を感じさせるレトロな校舎が、エルム(ハルニレ)やイチョウなどの木立の中に建つ風景は、多くの観光客を惹きつける。正門左手の「エルムの森」はかつての養蚕学教室で、現在はインフォメーションセンター。ここでキャンパスの地図を手に入れ、散策を楽しむのがおすすめ。

古河講堂
正門から歩いて5分ほどにある白亜の洋館。当時の建築技術の粋を集めて造られ、緑色のマンサード屋根と、そこから張り出すドーマー窓が美しい。竣工は1909(明治42)年、林学教室として使われた。

北海道大学総合博物館
北海道大学の構内でも、ひと際歴史を感じさせる重厚感のある建物。1929年に完成して以来、1999年まで理学部本館として使われていた校舎を利用した「北海道大学総合博物館」だ。130年以上前に札幌農学校として開校以来、収集・保存・研究されてきた400万点以上にも及ぶ標本や資料を蓄積。しかも無料で一般公開しているというから驚きだ。

ポプラ並木
北海道大学のシンボル、ポプラ並木。総合博物館から西へ行くと、72本のポプラが並ぶ全長250mの道につながる。一部は樹齢百年を超える木々が青々と茂る夏の景色や、冬枯れの雪景色も絵になる美しさ。

石川啄木の下宿跡
詩人・石川啄木が函館から札幌入りしたのは、明治40年(1907年)9月14日のことである。札幌停車場に午後1時すぎ到着した啄木は、詩友・向井夷希微(いきび)らに迎えられ、彼らの宿でもあった「北7条西4丁目4番地・田中サト方」の住人となった。ときに満21歳。ここはその下宿があった場所である。

東区

サッポロビール博物館
サッポロビール発祥の地である札幌に、1987年、「サッポロビール博物館」が開館しました。そして2004年12月、大幅なリニューアルを行い、よりわかりやすく楽しんでいただける展示へと生まれかわりました。サッポロビールの誕生から今日に至るまでの発展をダイナミックに表現し、人と人とのコミュニケーションを大切にする、開かれた博物館です。

苗穂神社
アイヌ語で小さな沢を意味する「ナイボ」から「苗穂村」と名付けられたこの地は着々と開拓の歩みが進められた。
人口が増え、集落が形を確かなものにすると、人々は心の拠り所としての「神」を迎えるべく「やしろ」の設立に力を合わせ、札幌神社より御祭神「少彦名神」の分霊を受けて「苗穂神社」が創建されたのは明治30年8月27日のことである。

白石区

アサヒビール北海道工場
年間5万キロリットル以上のビールを生産する、札幌市内唯一の大規模ビール工場。工場は無料で見学でき、出来たてのビールを20分間おひとり様3杯まで試飲させてもらえる、まさに大人の社会科見学スポット。

厚別区

北海道開拓の村
豊かな緑が広がる道立野幌森林公園内の一角に、明治・大正期の北海道の建築物を復元・再現した野外博物館です。 面積54,2haの村内は、市街地群、農村群、山村群、漁村群の4つのエリアに分かれ、旧札幌停車場、旧小樽新聞社、商家、民家などの建物が開拓時代の町並みに再現されています。

サンピアザ水族館
街の中にある“都市型水族館”。
ラッコやペンギン、アザラシなどのほか、海水魚、淡水魚、あわせて200種、1万点が飼育されている。

豊平区

羊ヶ丘展望台
なだらかな丘陵地の向こうに広がる札幌の市街地と広大な石狩平野をバックに、のんびりと草を食む羊の群れ。 牧歌的風景と市街地が見事なコントラストを描く羊ケ丘は、札幌屈指の景勝地。

クラーク博士像
1976年、“Boys,Be Ambitious”「少年よ、大志を抱け」の言葉で有名な北海道開拓の父「ウィリアム・スミス・クラーク博士」をモデルに彫刻家・坂坦道氏により制作。

さっぽろ雪まつり資料館
1950年、雪捨て場だった大通り7丁目広場でわずか6基の雪像から雪まつりがスタートしました。
資料館では、雪まつりの半世紀の歴史をパネルや写真、雪像模型などでご覧になれます。

清田区

厚別神社
当神社は、この地に最初に入地した長岡重治が明治7年開墾地の片隈に小祠を作り朝夕拝礼していた。開拓が進むにつれ自分だけでなく他の同僚にも詣でてもらいたいと浪岡誠一郎等に相はかり、厚別川東側(現在の旧国道)に合掌作りの社を明治18年9月に建立し、前記3柱の神霊を奉斎し五穀の豊饒と地域住民の安全を祈願したことに由来し爾来鎮守の氏神として尊崇せられるにいたった。

南区

さけ科学館
さけ科学館は道立真駒内公園内にあり、付近には1972年の札幌冬季オリンピックの舞台となった真駒内セキスイハイムアイスアリーナや同スタジアムがあります。館のすぐ横には、豊平川とその支流の真駒内川が流れています。
さけ科学館の外観は、カラマツ材を使用したログハウス風で、正面には2尾のサケ稚魚が向かい合ったデザインを採り入れています。

札幌芸術の森
美術館や工房、野外ステージや音楽練習室などが揃う芸術の拠点。各種展覧会を開催する「札幌芸術の森美術館」をはじめ、自然と一体となり、季節と移り変わりと共にアートが楽しめる「野外美術館」や木工房、ガラス工房など、制作体験が楽しめる各種クラフトの工房が森の中に点在している。

有島武郎旧邸
札幌にゆかりの深い文豪、有島武郎。大正2年に建てられた邸宅を当時の姿そのままに芸術の森に移築復元しました。有島武郎の様々な資料を展示しています。

真駒内滝野霊園
霊園の6割が公園や散策路などの緑地帯になっており、四季の彩りを感じていただけます

札幌市アイヌ文化交流センター
サッポロピリカコタン
北海道に先住し、独自の文化を育んできたアイヌ民族の生活や歴史、芸術を楽しみながら学べます。

旧黒岩家住宅
(旧簾舞通行屋)
この建物は、札幌から定山渓を経て有珠へ往来する旅行者や、荷物を運ぶ人馬の宿泊・休憩所として、その要所であった簾舞に、開拓使によって建てられました。その後、通行人が減ったため通行屋は廃止され、明治20(1887)年に定山渓への新道(現在の旧国道230号)が開通した際に、通行屋の屋守だった黒岩家によって現在地に移築されました。

旧簾舞通行屋景勝塔
(半鐘櫓)
簾舞1条2丁目にある建物横の櫓。
旧簾舞通行屋横に、平成5年(1993年)3月簾舞通行屋まつり実行委員会が設置。

定山渓神社
明治38年(1905年)に地元の人々が天照大神を奉祀したのが始まりとされています。
定山渓神社が建立されたのは、昭和9年(1934年)のことです。

西区

白い恋人パーク
白い恋人パークは、「白い恋人」の製造工場の見学やクッキー作りが楽しめるお菓子作りの体験工房、オリジナルスイーツが味わえるカフェ、コンサドーレ札幌を身近に感じられる総合サッカー施設などからなる夢の施設です。また、2012年4月にはキャンディ・アート専門店「キャンディ・ラボ」が新しくオープンしました。

琴似屯田兵村兵屋跡
明治7(1874)年に札幌に初めて屯田兵が、ここ琴似屯田兵村に入植しました。本部施設や学校などの中心施設を南側(現在の西区役所、琴似神社あたり)に集め、その北側の現在の琴似栄町通をはさんだ一帯に208戸の兵屋が建てられました。琴似屯田兵屋、兵屋跡を併せて見学することで、北海道の明治の開拓期を感じることができます。

琴似神社
明治8年北海道開拓使最初の屯田兵として琴似に入植した240戸の人々は旧亘理藩(宮城県)藩祖伊達藤五郎成実公の遺徳を敬慕して武早智雄神と尊称し、御神徳を北海道開拓の上に顕彰するため武早神社と号し創建した。明治30年その鎮座地を山の手5条1丁目に移し、神祠を移築して本殿とし、更に幣殿、拝殿を造築した。

手稲区

前田森林公園
札幌の街を森や緑の帯でつつもうと計画が進められている「環状夢のグリーンベルト構想」の一環として、昭和57年から10年の歳月をかけて整備された公園です。
面積の約半分が森となっている園内には、西洋の城を思わせる展望ラウンジ、両側に320本のポプラが立ち並ぶ約600mのカナール(運河)があり、まるで異国のような雰囲気をただよわせています。

北広島市

旧島松駅逓所
島松駅逓所は明治6年、札幌本道(現在の国道36号)の開通に伴い設置されたもので、明治17年からは市内の島松に入植し、寒地稲作の父とうたわれた中山久蔵が経営にあたっていました。

クラーク博士記念碑
明治9年、札幌農学校(現北海道大学)に初代教頭として着任したクラーク博士は、多くの教訓を残し別れの日を迎えた明治10年4月16日、島松駅逓所まで見送りにきた学生たちに「ボーイズ・ビー・アンビシャス(青年よ大志をいだけ)」のことばを残して去っていきました。

石狩市

はまなすの丘公園
日本海と石狩川の交わりに形成された1,500メートルにおよぶ砂しに広がる「はまなすの丘公園」。
約46ヘクタールの公園には180種に及ぶ海浜植物が自生し、このうち16.5ヘクタールは石狩市海浜植物保護地区に指定されています。

石狩灯台
1892年(明治25)の開設以来、100年以上の歴史を誇る石狩のシンボル。
はまなすの丘公園の入口に建っているのは、この辺りが河口近くであった証でもあり、川の流れと海の波によって100年間で徐々に広大な砂しが形成されたことを考えると、感慨深いものがあります。

石狩八幡神社
石狩が幕府の直轄地となった後の1858年(安政5年)、函館総社八幡宮の神主、菊池重賢が同八幡宮の末社を造立し、蝦夷総鎮守として建立された由緒ある神社。

はまます郷土資料館
石狩市浜益区にある元白鳥家が経営していた鰊建網漁場の番屋を復元し、当時鰊漁に使われた漁具をはじめとする、先人の知恵や技術を伝える数々の資料を保存、展示している資料館です

荘内藩ハママシケ陣屋跡
安政6(1859)年、幕府から警護を命ぜられた荘内藩は、現在の川下(かわしも)地区を開拓し、十余棟の邸舎を建て、それを御陣屋と称していました。この跡が今も川下(かわしも)神社横に残り、昭和63年5月に国指定の史跡となりました。指定地内には、邸舎跡を示す木柱があります。

川下八幡神社

江戸時代に浜益を支配していた庄内藩によって創建された神社。蝦夷地は幕末の時期にロシアの南下に対抗するために、幕府によって2回、直轄地とされたことがあったが、2回目に支配を命ぜられたのが庄内藩だった。その陣屋跡が近くにある。ただ今は門以外に往年の面影を残すものはない。

当別町

伊達記念館・伊達邸別館
明治4年仙台藩岩出山(現宮城県大崎市)の領主伊達邦直によって開拓の歴史が築かれた当別ゆかりの歴史の品々をご覧になれます。両館には伊達家ゆかりの品々の展示や当別開拓の歴史資料が収集され、開拓史にふれることができます。

開拓記念樹
明治4年当別開拓の祖、岩出山領主伊達邦直率いる踏査隊がこの地に到着した折、樹下に露営したゆかりの樹と言われているイチイの木。
また、北海道記念保護樹木で推定年齢は350年以上と見られています。

当別神社
明治5年伊達邦直公は家臣と共に厚田村シップから当別に移り開拓記念樹の傍らに小社を奉遷し阿蘇神社と称し8月15日を例祭日と定める。同24年1月12日邦直公は58歳で卒去され、翌年旧臣等の篤い敬慕の思いにより内務省へ神社創立の願いが出され同29年認可となり同年8月15日奉斎する。大正5年7月20日村社、同9年開基50年に当り社殿を造営。昭和42年社名を当別神社と改称し、同44年町開基100年の前年に45坪の社殿を再度造営する。

新篠津村

道の駅 しんしのつ
温泉たっぷの湯の施設を利用してのゆったりとした休憩、レストランでの食事等に加えて、新鮮な地場さんの野菜や特産品の購入などを楽しむことができます。又、施設周辺には、しのつ公園及びしのつ湖があり、夏はゴルフ・パークゴルフ・キャンプ、冬はワカサギ釣りができる観光施設として広く利用されています。

新篠津神社
明治29年移住者相計り3柱の神を祀る。明治44年6月神社の創立を出願同年7月許可を得、無格社に列せられ、大正14年1月21日村社となり、平成12年11月10日新社殿を造営、現在に至る。

千歳市

新千歳空港
北海道の空の玄関口として知られる空港。札幌駅との間にはJR千歳線快速列車が終日頻繁に往復し、また札幌都心部ともリムジンバスでダイレクトに結ばれている。空港ビルには、バス会社やレンタカー会社のカウンターはもちろん、道内各地のおみやげがそろうショッピングゾーンや、道内名物の料理を味わえるレストランが入るなど、北海道観光の拠点として、便利な機能が充実している。

道の駅
サーモンパーク千歳
平成17年6月に北海道85番目の駅としてオープンしました。エリア内には「千歳サケのふるさと館」や農産物直売所、レストラン、売店などがあるほか、隣接する千歳川には「インディアン水車」が設置されています。

千歳サケのふるさと館
国内最大級の巨大水槽を有する水族館で、サケと北方圏のさまざまな淡水魚の生態を観察することができます。館内にはサケやその仲間たちが展示されており、サケの一生を紹介するサーモンムービーがワイドマルチビジョンで上映されています。

恵庭市

カリンバ遺跡
面積約3,000平方メートルの発掘区域から多数の土坑が発見されましたが、そのなかに漆塗りの装身具や玉が多数副葬された縄文時代後期(約3,000年前)の土坑墓群が含まれていました。

道の駅 花ロードえにわ
花時計と花壇に囲まれた、花がテーマの道の駅です。恵庭特産のかぼちゃを使った焼きたてパンが人気のベーカリー工房や、土産品等があります。また、かぼちゃのソフトクリームも人気です。