唐津


唐津市

唐津城
唐津市のシンボルともいえる唐津城は、慶長13(1608)年の築城。初代唐津藩藩主・寺沢志摩守広高が、慶長7(1602)年から7年の歳月をかけて築城しました。唐津城は満島山とよばれる陸続きの島にあり、この満島山を本丸としていました。城内は石垣をめぐらし、濠が掘られていたそうです。 明治4(1871)年、廃藩置県によって廃城となり、その本丸跡は舞鶴公園となりました。現在の姿は昭和41(1966)年に復元されたもので、5層の見事な天守閣が堂々とそびえています。

旧唐津藩藩校中門
この門は、享和元年(1801)、水野藩の藩校「経誼館」の中門として建築さ れ、のちに小笠原藩に引き継がれて藩校「志道館」中門となりました。門の 造りは「十尺二戸の四脚門」で、前後共に屋根は唐破風造り、本瓦葺の向唐 門、また門の表面には、小笠原候の紋が入った鬼瓦が付けてあり、裏側には 水野候の紋が入っているのも注目されます。

曳山展示場
豊穣の秋祭「唐津くんち」(毎年11/2〜4)で使われる14台の曳山がずらり勢揃いしています。多種多様な姿勢の造形美は、稀に見る優れた工芸品として、佐賀県の重要有形文化財に指定されています。

唐津神社
唐津のまちの中心部にある唐津神社は、入口にそびえたつ白い鳥居が印象的。建てられたのが奈良時代といわれる古い社で、住吉三神と神田宗次とを祀っています。唐津の最大のお祭り「唐津くんち」は、唐津神社の秋季例大祭で、11/2〜4に14台の曳山が唐津のまちを練り歩きます。

菜畑遺跡・末盧館
末盧館は、古代の高床式倉庫をイメージして建設(左写真)し、日本稲作発祥の地「菜畑遺跡」の展示を行っています。特別展示室には、邪馬台国時代の「末盧国」の代表遺物を展示し、出あいふれあいの広場には、遺跡公園として、日本最古の稲作ムラの竪穴式住居、日本最古の水田、縄文の森を復元しています。

旧高取邸
高取邸は木造(明治後期頃築造)で杵島炭鉱の経営者として知られる「高取伊好」の邸宅です。内部には能舞台や欄間などがあります

虹の松原
唐津湾沿いに、虹の弧のように連なる松原。唐津藩初代藩主、寺沢志摩守広高が、防風・防潮林として植林したのが始まりで、全長5km、幅1kmにわたって続く松は、約100万本と言われています。今では、三保の松原、気比の松原とともに日本三大松原の一つに数えられ、国の特別 名勝に指定されています。
NHK「21世紀に残したい日本の風景(BS2)」の投票で、第5位 に選ばれました!

立神岩
立神岩は、玄界灘に面 した景勝地にあり、40mの高さをもつ玄武岩の大石柱が2個立っており、波の侵食作用によってできたものです。その様がまるで男と女が寄り添って立っているように見えることから、夫婦岩とも言われています。

七ツ釜
七ツ釜は、国の天然記念物に指定され、玄武岩が玄界灘の波涛の侵食作用でできたものです。間口3m、奥行きは110mあり、波の状況により舟で中に入ることができます。

名護屋城跡
唐津市と玄海町に広がる国特別史跡「名護屋城跡並びに陣跡」は、豊臣秀吉による文禄・慶長の役(1592年〜1598年)の出兵基地であり、日本列島と朝鮮半島との長い交流史のなかで、その関係を一時断絶させた不幸な歴史の舞台です。同時に、名護屋城跡を中心に半径3キロメートルの範囲にひろがるこの遺跡群は、全国から130を超える大名が集結し陣屋を構築して在陣するという、日本の歴史上にも類を見ない、広域かつ特異な遺跡群です。

佐賀県立名護屋城博物館
名護屋城跡に隣接する名護屋城博物館は、文禄・慶長の役を侵略戦争と位置づけ、その反省のうえに立って、「日本列島と朝鮮半島との交流史」をテーマに、原始から現代までの数千年の交流を示す約220点の資料を常設展示室で展示し、今後の交流・友好の推進拠点になることを目指しています。

呼子朝市
朝市通りと名づけられた200mほどの通りの左右にはトロ箱に入ったままの新鮮な魚介類、季節の野菜や花、果物など、まさに産地直送の品が所狭しと並べられています。活気あふれる朝市です。

呼子大橋
朝市で有名な呼子と佐用姫の物語がある加部島を結ぶ橋。ロマンあふれる島のイメージに合うハープ形式のPC(プレストコンクリート)斜張橋である。

田島神社
境内には佐用姫伝説で知られる佐用姫神社がある
商売、交通の守護神として信仰を集める神社です。佐用姫神社や、太閤石もこの神社内にあります。 佐用姫神社:佐用姫の魂を鎮めるために望夫石がまつられています。 太閤石:秀吉が必勝祈願に槍を突き立てるとその気迫に割れてしまったという伝説が残る大石。

呼子岩脈群
弁天島は、殿ノ浦と加部島の間に位置し、北の男島、南の女島の2島からなる。
両島は千潮時に地続きとなるが、広大な海触台をほぼ同じ方向に貴く、数本の岩脈を観察できる。
この特異な地形は、佐世保群層(古第三期)といわれる堆積岩層を、玄武岩類の溶岩が貴入したことにより形成された。岩脈の活動年代は、15.8±0.8百万年、15.2±0.9百万年と考える。

厳島神社
当社は、西海航路を行き交う船乗りや、玄界灘を往復する漁師たちにより、航海の安全や大漁を祈り、篤く信仰されていきました。
呼子で捕鯨が盛んに行われていた江戸時代、中尾鯨組の船団は、漁期のはじめにからなず当社をお参りし、海上安全、鯨の豊漁を祈願しました。

玄海国定公園波戸岬
東松浦半島の食も自然も満喫できる日本海側では唯一の、一大リゾートエリアです。海中展望塔をはじめ、海水浴場、キャンプ場、国民宿舎などが揃っています。

玄海海中展望塔
玄海海中展望塔は波戸岬の陸地から86mの桟橋でつながれている高さ20m,直径10mの展望塔です。
海上デッキからは玄界灘の島々を見わたし,海中展望室では海底散歩が楽しめます。
この海中展望室には24個の海中窓があり,そこから熱帯魚や,海草,貝類が自然のまま見られます。

道の駅 桃山天下市
地元産の新鮮な農、海産物の直売所
鎮西町の特産品及び、諸候ゆかりの品々を集めたテーマ型の物産館に、農畜産、海産の直売所を併設

堀秀治陣跡
この陣の主である堀秀治は、その当時越前北ノ庄(今の福井県福井市)を城地とする約十八万石の城主で、文禄・慶長の役には、6000人の兵を率いて、開戦当時16歳の若さで参陣しました。しかし、秀治自身は渡海せず、戦いの間この陣で生活しました。

九鬼嘉隆陣跡
九鬼嘉隆(1542−1600)は、伊勢・志摩(三重県)を領し、織田信長や豊臣秀吉に水軍としてつかえました。文禄の役に際しては、秀吉水軍の中心武将として出陣しました。
この陣跡は、陣屋の様子を示す遺構は明らかではありませんが、旗を掲げた台石と伝えられる旗竿石が残っています。

鏡山
鏡山は、別名「領布振山」と呼ばれ、海抜は284m。眼下には、虹の松原や唐津市街地及び唐津湾が一望できる絶好のポイント。

鏡山神社
松浦佐用姫がこの場所で恋人の大伴狭手彦が乗る沖行く船に領巾をふったという。佐用姫伝説の地。

恵日寺
本尊の観音像は、大伴挟手彦が朝鮮より持ち帰り、佐用姫の菩提のため安置したものと伝えられ、佐用姫観音と呼ばれています。

鏡神社
鏡神社は、神功皇后が戦勝を祈願するために、鏡山山頂に祠を建てたのが始まりと伝えられています。唐津で最も古い神社で、源氏物語の「玉鬘の巻」にも歌が詠まれています。

久里双水古墳
全長108.5m、後円部径62.2m、前方部幅42.8mの大きさで、盤龍鏡や管玉 などが発見されました。現在は外観整備、ベンチ、ライトアップ等を整え、石室のレプリカも作成し、古墳公園として市民や観光客に親しまれています。

双水柴山古墳群
この遺跡は昭和59年に発見、翌60年に調査が行われ、四基の古墳から成る古墳群であることがわかりました。

鵜殿石仏郡
せり出した岩壁に彫られた磨 崖仏は、 大同元年(806年)空海上人帰朝の際刻まれたといわれ、十一面 観音を中心に持国天、多聞天、不動明王など、密教の色彩がつよく感じられる石仏群です。

道の駅 厳木
道の駅厳木は、佐賀市と唐津市の中間点に位置し、両市を結ぶ国道203号沿いにあります。 駅内には風をイメージした休憩所とふるさとをイメージした物産館があり、地場産品の即売などが行われています。 立ち寄る観光客にとっては格好の情報供給の場となっています。

玄海町

玄海エネルギーパーク
美しい海と豊かな自然環境に囲まれた玄海原子力発電所。その敷地内に広がる玄海エネルギーパークは、科学のエネルギーと九州の人のエネルギーをテーマにした楽しい展示施設。「玄海PRセンター」を中心に、太陽や風、水、四季折々の自然とふれあう太陽の広場やスポーツ施設が皆様をお待ちしています。

三島神社
玄海町を代表する伝統行事といえば、560年余りの歴史を持つ三島神社の秋祭り。御座船に乗せた2台の神輿を大漁旗を掲げた船で伴走しながら、仮屋湾内をパレード・その後厄入りの男たちの手で神輿を担いで御幸所に安置するという勇壮な祭りです。

伊万里市

伊万里神社
総木建築で釘を一本も使わず建てられている。隣りにある中島神社は,お菓子の神様として知られる。

円通寺
九州四大名刹の1つで臨済宗南禅寺派の専門道場となっており訪れる修業者も多い。

道の駅 伊万里
道の駅伊万里は、国道202号沿いにあります。 ここは、新しい農村の姿と農業の発展を目指し、都市の人々とのふれあいの中から地域の持つ資源や特性の活用法を見つけ、 地域全体の活性化を図る「都市と農村の交流拠点」です。 主な施設は、特産館、体験館、レストラン、喫茶館、ふれあい農場、イベント広場等です。

有田町

有田ポーセリンパーク
のんのこの郷
およそ42haの敷地内に、ドイツにある宮殿を再現したツヴィンガー宮殿、観光酒蔵ののんのこの郷、焼物に絵付けができる有田焼体験工房、地ビールレストランなどがある。

陶山神社
応神天皇を祀る有田の総鎮守。有田の名工たちが技を競って奉納した磁器製の大鳥居、磁器の狛犬、大灯籠、大水瓶は見もの。境内からは有田の町が一望できる。

泉山磁石場
日本最初の磁器原料採掘所。17世紀初め,李参平によって発見されて以来,現在も露天掘で,採掘が続けられている。江戸時代の採掘跡は大洞穴となって残り,ゴツゴツとした岩肌,ひんやりとした冷気が独特の雰囲気を漂わせている。

先人陶工の碑
有田焼の発展を支えてきた先人の偉業をしのびトンバイ材による記念碑を建立(有田焼創業350年を記念して建立)






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