中河内



柏原市

史跡高井田横穴
史跡高井田横穴 は、総数200基以上と推定される大規模な横穴群です。
横穴は、6世紀中頃から7世紀前半にかけて造られたお墓で、二上山の火山灰が積もってできた凝灰岩と呼ばれる岩盤に洞窟のような穴を掘り、 死者をほうむったものです。

市立歴史資料館
柏原市は、古くから歴史の舞台となった河内平野の東南部に位置しています。
歴史資料館では、この地域の古墳、古代寺院などの遺跡から発掘された考古資料と、寄贈された民俗資料を中心としてわかりやすく郷土のあゆみをたどることができるように展示されています。

河内国分寺塔跡
1200年前の奈良時代、聖武天皇の詔勅により全国に国分寺が造営されました。
河内国分寺も、現在の国道25号線の南、国分東条町の丘陵台地に建造されました。
北方眼下に大和川の清流があり、南には丘陵の樹木が多く、たいへん景色のよいところだったようです。

八尾市

安中新田会所跡
旧植田家住宅
旧植田家住宅は江戸時代の大和川付け替えにより造られた安中新田の会所跡を継承した歴史的に貴重な建物です。
建物と安中新田会所跡を一般公開し、併設した展示室では旧植田家所蔵の古文書や絵画、民具なども展示しています。

久宝寺寺内町
室町時代から戦国時代にかけて、蓮如上人が親鸞聖人の教えを人々に説き、本願寺の興隆の礎をつくりました。久宝寺村で布教し、その盛況な様子は「帰するもの市のごとし」と伝わっています。

顕証寺
顕証寺は「久宝寺御坊」とも称し、本願寺第8世蓮如が布教活動拠点として、1470年(文明2年)廃寺になっていた聖徳太子の創建になる「久宝寺跡」に「西證寺」として建立した歴史を持つ。

念佛寺
当山は、もとは久宝寺の末院で、念仏勧進聖堂場として栄えていたが、南北朝の1341年(興国2年/暦応4年)念仏回向の寺として、僧龍興により創建され、平野の大念仏寺の末寺となった。
また、当念仏寺に祀られている本尊の十一面観音像は、もとは久宝寺の本尊であたっところから、久宝寺観音院とも呼ばれている。

東大阪市

吉田春日神社
春日神社は奈良の春日神社の祭神を勧請したもので、その本殿は江戸時代享保5年(1720年)に建てれて、二間社春日比翼造と桧皮葺の社殿を渡廊によってつないだ形式です。
市の有形文化財に指定されています。

石切劔箭神社
地元の人々には“石切さん”と呼ばれ、石切劒箭神社とは石を切る鋭い剣や矢を意味し、腫れ物を治す神様として全国的にその名を知られている古い社です。本殿前の樹齢約470年のくすの木は、東大阪市の天然記念物です。

正興寺山遺跡
生駒山から西にのびる尾根の先端にあたるこの地はかって正興寺山と呼ばれる小円丘でした。
大阪層群という第三記鮮新から第四記最新世(洪積世)にかけて形成された地層の露頭であって、ここからはナイフ形石器という約二万年前の石器が採取されています。