本島中部


うるま市

勝連城跡
勝連城は、琉球王国が安定していく過程で、国王に最期まで抵抗した有力按司阿麻和利が住んでいた城として有名である。城は、沖縄本島の中部勝連半島の根元に位置する丘陵上に築かれている。

海中道路
与勝半島と平安座島を結ぶ全長4.75kmの県道。海中道路は、浅い海域に橋ではなく、土手を築いてつくられた道路で、東洋一の長さを誇ります。

海の駅あやはし館
与勝半島と平安座島を結ぶ海中道路の中央部にある海の駅あやはし館では、うるま市の特産品販売とバイキングレストラン、鮮魚コーナーとアイスクリーム、野外ステージが設けられており、2階には与勝半島の歴史・民俗資料を集めた「海の文化資料館」があります。

沖縄市

知花城跡
沖縄市知花十字路より北西300m、標高87mのカルスト残丘地形を利用したグスクです。知花城の城主が誰だったのかは明らかにされていませんが、首里王府の総大将として勝連(かつれん)城主の阿麻和利(あまわり)を破った鬼大城(おにおおぐすく)が、第一尚氏の滅亡後、第二尚氏に追われ自害した場所だといわれています。南側の崖中腹には、鬼大城の子孫が建てた墓が残っています。

読谷村

座喜味城跡
西海岸を見渡せる標高125mの丘の上に築かれています。築城年代は15世紀前半で、座喜味の北東4kmに位置する山田城の城主・護佐丸(ごさまる)が北山監守の時、山田城を取り壊してその石材を運ばせてつくらせたと伝えられています。

嘉手納町

道の駅 かでな
日本の甘藷のふるさと、嘉手納町に2003年にオープンした「道の駅」です。嘉手納ロータリーを沖縄市方向に向かって車で5分、嘉手納基地と安保の丘の目の前にあります。特産品販売や24時間オープンのレストラン、3階の学習展示室は嘉手納町の歴史や嘉手納基地について学べるスペースとなっています。最上階の屋根付き展望場からは、雨の日でもゆっくりと嘉手納基地が一望できます。

野國總管坐像
野國總管は、北谷間切の野国村に生まれ育ち、後に中国に渡り甘藷を持ち帰った人物と伝えられています。当時の琉球は貧しく、貧困にあえぐ人々は甘藷によって救われたといっても過言ではなく、その業績は今でも語り継がれ、「芋大主」と呼ばれ親しまれています。

道の駅 喜名番所
那覇から名護の中間に位置し、読谷紅芋ややちむんの里(陶器)が有名。喜名番所は、レストランやショップはありませんが、琉球王国時代の文化交流の盛んな宿場としてにぎわった場所であり、歴史や文化的な観光スポットの案内があります。ドライブ中の休憩として沖縄の歴史・文化にふれてみてはいかがですか。

北谷町

北谷公園サンセットビーチ
サンセットビーチの名前の通り、夕焼けが空と海を染める風景を堪能できるロケーション。名物の大観覧車や映画館・レストラン・個性的なショップなどが集まる「美浜アメリカンビレッジ」がすぐそばにあることも、サンセットビーチの魅力のひとつ。

美浜アメリカンビレッジ
アメリカンビレッジは、多くのアミューズメントスポットや個性的なショップが集まる地元若者に人気のエリア。シンボル的な存在の大観覧車や映画館、大型スーパー、インポートマーケットやカジュアルショップ、レストランやカフェなどが並び、さらには北谷(ちゃたん)公園やサンセットビーチなども近くに位置し、レジャーとショッピングが一度に楽しめます。

北中城村

中村家住宅
中村家は中城間切の地頭代を勤めた家柄と言われています。18世紀中頃の建築と考えられ、当時は竹茅葺きでした。建物は全て寄棟造の本瓦葺きで、木材にはチャーギやイーク等が使われています。

中城村

中城城跡
中城湾に面した高台にある、6つの郭から成る連郭式の山城です。1440年護佐丸が座喜味城主から中城城に移り住み、周辺の城壁を増築したといわれています。
城壁がよく残されていて、一部に野面積みもありますが、城壁の大部分が琉球石灰岩の切石積みで作られています。布積みを主体とする郭と、あいかた積みを主体とする郭があり、築城年代が異なるのではないかという見方もあります。

宜野湾市

普天満宮
普天満宮は、琉球八社のひとつで、熊野権現を祀っています。境内には、全長約280mの横穴洞穴があり、普天満宮洞穴と呼ばれています。洞穴内には広場が3カ所あり、そのうちもっとも大きな広場は、幅15m、天井の高さ6mで、「奥宮」とよばれ、普天満宮の御神体を祀る拝所となっています。

浦添市

伊祖城跡
伊祖城は琉球史に名君としてその名を残す、英祖王の誕生の地として伝えられています。父親は恵祖世主と呼ばれ、伊祖城に居を構えた伊祖按司。城は切石積みと野面積みの石垣が丘陵を囲むように巡らされ、城跡内からは中国製青磁、白磁、南蛮陶器などが出土しており、当時の豪族の暮らしぶりがうかがえます。

当山の石畳道
当山の石畳道は、琉球王国時代、首里城から浦添を通って宜野湾にいたる宿道の一部として整備された道です。牧港川中流の谷間にS字状に伸びる全長200m、幅約3mの石畳の道です。かつてこの石畳は、重要な生活道路として人々が往来していたといわれ、「首里金城町の石畳道」同様に、いにしえの琉球の暮らしを現在に伝えています。

西原町

内間御殿
内間御殿は、第二尚氏王統の始祖である金丸(のちの尚円王)が内間地頭に任ぜられたときの旧住宅跡に、尚円王没後190年も経てから建てられた神殿のことである。

内間御殿のサワフジ
このサワフジは、樹齢470年で本島内で最も古い老木の一つである。樹高6メートル、胸高周囲2メートル、枝張り6メートルである。近年枝枯れや樹幹の腐朽による空洞化が進み、衰化したように思われる。





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