青葉区 |
仙台七夕まつり | |
仙台七夕まつりは,青竹に飾られた和紙と風が織りなす夏の風物詩。吹き流しや仕掛けものなど趣向をこらした1500本をこえる竹飾りが,アーケード街にアーチを描きます。その豪華さは目を見張るばかりですが,市民の心意気でそれぞれの地区の街角を彩る吹き流しもなかなかのもの。夕方からのイベント「星の宵まつり」では、華やかなステージが繰り広げられます。 |
三瀧山不動院 | |
仙台駅前、クリスロード商店街のほぼ中央に鎮座する「三瀧山(みたきさん)不動院」は本尊である不動明王に加え、四郎さんを祭り、座像を安置する。ここの仲見世では四郎さんの招福グッズを販売している。色紙や置き物、のれん、ストラップ、根付け、カードなど約25アイテムがそろう。 |
金蛇水神社 | |
一番町四丁目141ビル南側,三越との間にある小社。岩沼の金蛇水神社の分霊社。商売繁盛を願って四丁目商店街で盛り上げています。毎年8月の末に神輿が繰り出して賑わいます。 |
るーぷる仙台 | |
仙台市交通局が運行する仙台市内の観光地を循環する路線バス。「仙台市観光シティループバス」とも呼ばれる。通常の仙台市営バスの車両とは異なる、レトロ調路面電車風の特製車両が用いられている。 |
晩翠草堂 | |
詩人、英文学者として有名な土井晩翠の旧邸跡。晩翠は第二高等学校(現在の東北大学教養学部)教授を退官して、晩年までここで過ごしました。青葉通に面した入口には、「天地有情」と刻まれた自然石が立っています |
仙台ユネスコ会館 | |
第二次世界大戦の終戦1ヶ月前、1945年(昭和20年)7月10日に爆撃を受けた仙台市は焼け野原と化し、人々は呆然自失の中に終戦を迎えました。その廃墟の中から、もう『二度と戦争はしてならない』との決意と、平和に対する希求の心が醸成され、多くの先人の方々のご苦労が実を結び、1947年(昭和22年)7月19日、現協会の前身である「仙台ユネスコ協力会」が発足しました。 これは日本における、いや世界における最初の、そして栄光に輝く歴史的なわが『民間ユネスコ運動』の始まりでありました。 |
良覚院丁公園 | |
良覚院丁公園は、市街地の中にありながら濃い緑に覆われ、落ち着いた雰囲気を醸し出しています。 公園内には、茶室「緑水庵」があり、庭園にアカマツが植えられ、春日石灯篭、池に架かる一枚物の石橋、見応えのある景石などが置かれ、訪れる人に憩いのひとときを与えてくれます。 |
馬上蛎崎神社 | |
伊達政宗に功臣後藤信康が献じた五島という愛馬があった。年老いたため慶長19年(1614)の大阪出陣に漏れた事を悲しみ本丸の崖から飛下り死亡したという。これを弔うため,その地蛎崎(川内追廻)に葬り,馬上(うばがみ)蛎崎神社を建て追廻馬場の守護とした。 |
原田甲斐邸跡 | |
原田氏は代々伊達家宿老の家柄であり、家老(国老)甲斐宗輔の時は柴田郡船岡4,380石を領した。 万治3年(1660)亀千代がわずか2歳で伊達家を相続したことにより、その後起こったいわゆる伊達騒動(寛文事件)における中心人物の一人である甲斐は、寛文11年(1671)3月27日大老酒井邸で伊達安芸を切り、自分も同所において果てた。 |
穴蔵神社 | |
古くは米沢にあって伊達氏の守護神として祀られていた。これを伊達政宗が伊達郡梁川に遷し,後に政宗が若林城隠居の折,近くの荒井村に遷した。更に万治年間(1658〜60)現在地より上流,広瀬川崖上「鈴ノ沢」の洞窟に青葉城に向けて建てられ「穴蔵稲荷大明神」と称した。西に向かっていたので「夕日明神」とも言う。天保6年(1835)洪水で崖が崩れ流出したため下流の現在地に遷座した。 |
瑞鳳寺 | |
済宗。藩祖政宗公の菩提寺として寛永14年(1637)2代忠宗が創建。仙台藩一門格寺院。山門は東京白金町伊達屋敷の門を模したもので昭和46年(1971)完成。門前の下馬石は忠宗公七回忌に際した4代綱村の建立。大阪天王寺の下馬碑を模写し坂下に立てたもので,昭和46年(1971)山門前に移された。 |
鹿児島県人七士の墓 | |
西南戦争に西郷軍として従軍した後、宮城県の県監獄署に収監された305名は、自ら宮城県の開発を願い出て、これに大きな功績を残した。この墓は、そのうち獄中で病死した13人のもので、もともとは13基あったが遺族によって引き取られ、7基が残ったという。 |
瑞鳳殿 | |
杉木立に覆われた境内に仙台藩祖伊達政宗公の御廟瑞鳳殿、二代忠宗公の感仙殿、三代綱宗公の善応殿があります。資料館には歴史文化の関係資料等が展示されています。 |
仙台城跡 | |
伊達62万石の居城、仙台城(青葉城)。標高約130m、東と南を断崖が固める天然の要害に築かれた城は、将軍家康の警戒を避けるために、 あえて天守閣は設けなかったといわれています。残念ながら今では城は消失し、石垣と再建された隅櫓が往時をしのばせます。政宗公騎馬像の前に立てば、天下取りの野望に燃えた政宗公と同じ視線で、市街を展望できます。 |
青葉城資料展示館 | |
青葉城資料展示館では、コンピューターグラフィックスによる青葉城復原映像などが見られます |
宮城県護国神社 | |
明治37年(1904)戦没者を祀る招魂社として仙台城本丸跡に創建。昭和14年(1939)内務大臣指定護国神社に列っせられ宮城県護国神社となった。昭和20年(1945)戦災で社殿を焼失し,翌年宮城神社と改称したが,昭和32年(1957)から再び現社名。昭和28年(1953)伊勢神宮外宮別宮風宮旧正殿を式年遷宮に当たり本殿として頒賜せられ昭和33年(1958)移築竣工。昭和38年(1963)に拝殿造営 |
東照宮 | |
徳川家康公を祀り、杜の都を見守り続けて三百五十年、鬱蒼たる木立の中に鎮もる伊達文化の粋・最高の技を結集した古社です。 |
輪王寺 | |
二千六百巻の般若心経が蔵められている五重の石塔、茶室「半杓庵」、三重の搭があります。四季折々の花が咲きほこり、目や心に安らぎを与えてくれる池泉回遊式日本庭園があります。 |