小樽市 |
小樽運河 | |
小樽運河は、大正12年に完成した港湾施設です。 莫大な国家予算により9年の歳月をかけて完成しました。 内陸を彫り込んだ運河ではなく、海岸の沖合いを埋め立てて造られたため、直線ではなく扇型に緩やかに湾曲しているのが特徴となっています |
ふれあいの泉 | |
小樽運河の南端に位置する浅草街園に、平成5年に設置された、共同給水栓をモチーフとしたモニュメントである。運河の水辺のそばで実際に水に触れ又飲むことのできる場をつくると共に、昔の共同給水栓を使用することにより、歴史的なストーリーも感じさせている。 |
旧篠田倉庫 | |
本倉庫は小樽運河の海側に建ち、連続した倉庫群を形成する主要な建造物です。 煉瓦の壁は、周辺の石やコンクリート壁に対して景観のポイントになっています。 |
運河プラザ | |
北海道で最も古い営業用倉庫である「小樽倉庫」を利用した物産プラザ。 小樽市内の物産品のほか後志エリアの物産品も取りそろえています。 |
消防犬ぶん公 | |
「ぶん公」は昭和の初めころに消防本部で飼われていた雑種のオス犬です。 消防自動車が出動する時は、一番先に乗り込み、火事場では野次馬(見物人のこと)を追い払い、水を掛けるホースのもつれを直したりして大活躍したと言い伝えられています。 |
旧日本郵船(株) 小樽支店 |
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重要文化財旧日本郵船株式会社小樽支店は明治37(1904)年に着工し、明治39(1906)年に落成しました。設計者は工部大学校造家学科(東大工学部建築学科の前身)の第一期生、佐立七次郎です。明治の洋風石造建築を代表する建物のひとつです。純石造2階建てで内部は漆喰壁に北海道産木材のワニス塗装で、落ち着いた重厚なデザインに統一されています。 |
旧日本郵船(株) 小樽支店残荷倉庫 |
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日本郵船(株)小樽支店(国指定重要文化財)と同時にこの残荷倉庫も建設されました。 |
旧日本石油(株)倉庫 | |
小樽運河周辺には、明治から大正期にかけて、木骨石造の倉庫が軒を連ねていました。本倉庫は、その典型的な建物です。 |
小樽市総合博物館 | |
小樽市総合博物館は、平成19年7月、旧小樽交通記念館に小樽市博物館と小樽市青少年科学技術館の機能を統合し、開館しました 。小樽市の歴史と自然、北海道の交通史、科学技術をテーマに、さまざまな活動を行っています。 |
旧手宮鉄道施設 | |
北海道最初の鉄道はアメリカ人技師ジョセフ・U・クロフォードの指揮の下、明治13(1880)年に手宮と札幌間にひかれました。この鉄道は、本格的な鉄道としては新橋"横浜間、神戸"大阪間に続くもので、北海道の内陸部に米や生活物資を運ぶ生命線でした。本州などに運ばれた石炭は、日本の近代化に大きく貢献しました。 旧手宮鉄道施設は、現存する日本最古の機関車庫=機関車庫3号(明治18(1885)年)、機関車庫1号、転車台、貯水槽、危険品庫、擁壁から構成されており、蒸気機関車が主流であった時代の鉄道システムを現在に伝えるものです。 |
国指定史跡手宮洞窟 | |
洞くつは慶応2(1866)年に小田原の石工長兵衛が建築用石材捜しの際に偶然洞くつに入り彫刻を発見したといわれています。 この岩壁彫刻を最初に学界に発表したのは英国人地震学者ジョン・ミルンで、明治12(1879)年夏、現地を訪れて彫刻を模写し、翌13年アジア協会誌にその全貌を紹介しました。 |
小樽市鰊御殿 | |
北海道指定有形文化財である小樽市鰊御殿の平成23年度の開館は4月2日(土)です。 皆様のご来館を心よりお待ちしています。 館内には、にしん漁やにしん加工に使われた道具や、番屋で暮らした人々の生活用具や写真などを展示しています。 |
国指定史跡忍路環状列石 | |
忍路環状列石は三笠山山麓の緩斜面を平坦にカットし、その面に、大きな立石とその周囲に小石を並べたものを大きな楕円形(33m×22m)にめぐらせているものです。この遺跡は、縄文時代後期(約3.500年前)のもので、この時代に出現する「区画墓」と呼ばれる集団の墓地と考えられています。 |
余市町 |
ニッカウヰスキ− 北海道原酒工場 |
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赤い屋根と軟石づくりの工場や貯蔵庫、そして手入れの行き届いた芝生や樹木。JR余市駅前に広がるニッカウヰスキ−北海道原酒工場には、ウイスキ−の故郷・スコットランドの雰囲気と琥珀色の夢が漂います。 |
ウイスキ−博物館 | |
工場内にあるウイスキ−博物館では、ニッカウヰスキ−の創業から現在までの商品や、琥珀色の夢を追い続けた政孝とリタ婦人の軌跡を紹介。 |
余市宇宙記念館 スペ−ス童夢 |
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毛利衛さんが宇宙に挑んだのを記念して建てられた余市宇宙記念館「スペ−ス童夢」は毛利さんが実際に行った宇宙実験や毛利さんから子どもたちへ贈られたメッセ−ジ、更には、宇宙の神秘や宇宙開発の歴史、太陽や月をはじめとした天文等を学ぶことができる学習施設です。 |
フゴッペ洞窟 | |
岩壁に刻画を残す洞窟遺跡は小樽市手宮洞窟と共に現在日本国内において対比されるものがありません。200を超す刻画があり、人が仮装したようなものから舟、魚、海獣、4本足の動物のようなものがあります。角や翼で仮装した人像が多く、これはシャーマンを表したものと推察され、何らかの宗教的儀礼の場であったのではないかと考えられています。 |
旧下余市運上家 | |
運上家は江戸時代、松前藩が行っていたアイヌ民族との交易を請け負った商人が経営の拠点とした建物です。旧下ヨイチ運上家は、現存する唯一の運上家であり、切妻平入の長大な石置屋根、格子窓、紙障子戸は北陸の漁家建築と同じ系統のデザインです。内部の空間は広く、板の間から見上げた柱や梁は太く、その多くの部材が当時のものをそのまま使用しています。 |
仁木町 |
大江神社 | |
明治20年5月17日村民は永く毛利家の恩沢を忘れず、これに報じ開拓の一大事業を御守護いただかんものと山口県周防国吉敷郡上宇田村、県社野田神社贈一位毛利敬親公の分霊を勧請し、後に従一位毛利元徳公を合祀し、産土神として尊崇してきた。 |
共和町 |
小沢神社 | |
小沢村の開拓の守護神としての神社がないため明治41年頃から木村寅太郎等が発起人となり、小沢村の中心の紅葉山に公認神社を創立しようと協議の上財産造成に努め、八木大四郎より神社敷地の寄付を受け、山村直松外4人が大正6年9月神社創立を出願し、国富の稲荷神社と八重西部の八幡神社・下平の諏訪神社を合祀し創立、大正7年7月29日許可と同時に村社に列格され、翌大正8年11月神饌幣帛料供進神社に指定された。 |
倶知安町 |
日本一の水 | |
JR倶知安駅前にある羊蹄山からの冷たい伏流水を飲めるスポット。倶知安町のマスコットキャラクターである「じゃが太くん」の形をしていてとってもキュートです。 |
ニセコ町 |
狩太神社 | |
明治29年開拓当時岩手県人松岡陸三の奉斎による。明治37年社地700坪を献じて神社(社殿)を建立す。大正4年11月5日神社創立を出願、大正5年5月許可を得て本神社の創立を見るに至る。 |
道の駅 ニセコビュープラザ | |
国道5号と道道岩内洞爺線が交差するポイントに位置する道の駅「ニセコビュープラザ」は、「情報プラザ棟」「フリースペース棟」「トイレ棟」の3棟からなっています。ゆったりとしたスペースにはニセコ観光のための情報が充実しており、観光の準備にも好適。 |
ニセコ甘露水 | |
ニセコ甘露泉は、ニセコグランドホテルの向かいにある「さかもと公園」の中にあり、美味しい湧き水がくめる名水のスッポトです。 昭和天皇がこの湧き水を「甘露である」と喜ばれたところから「甘露水」と付いたそうです。 |
京極町 |
ふきだし公園 | |
自然と羊蹄山とで作り出す「おいしい水」が絶え間なく湧き出る噴き出し公園は「名水の里」として多くの人に親しまれています。 特に、湧水池は開拓当初より聖なる場所と崇められ、地域の人々の手によって大切に守られてきました。 |
ふきだし湧水 | |
ふきだし湧水は、羊蹄山に降った雨や雪が数十年の歳月をかけて地下に浸透し、京極のこの地に湧き出した湧水です。夏も冬も絶え間なく湧出し、一年中、多くの方に喜ばれています。 |
道の駅 名水の郷きょうごく | |
京極町と倶知安町を結ぶ道道京極倶知安線に位置し、ふきだし公園は環境庁の名水百選に選ばれた「羊蹄のふきだし湧水」があり、名水を求める多くの観光客が訪れます。 |
真狩村 |
道の駅 真狩フラワーセンター |
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平成9年、花きの生産振興、花をテーマとした観光拠点とすることを目的にオープンした真狩フラワーセンターは、4月28日に道の駅としてリニューアルオープン。 |
喜茂別町 |
森の美術館 | |
中山峠森の美術館は2011年に中山峠写真の森美術館からリニューアルオープンしました。 道内在住の作家の皆様にご協力いただき、常時100点ほどの水彩、油彩、版画、彫刻、工芸作品を展示しています。 |
道の駅 望羊中山 | |
年間約400万人の旅行者が訪れるという、中山峠の頂上にある道の駅。この駅は羊蹄山が見える絶好のポイントにあり、天気のいい日には、山頂の残雪と青空とのコントラストがまぶしいほど美しく見えます。 |
蘭越町 |
大湯沼 | |
湯本温泉の源泉でもある熱湯の沼。一番熱いところで360度もの温度があり、表面には学術的にも珍しい黄色球状硫黄が浮かぶ。白い湯気と硫黄の匂いが立ち込め独特の雰囲気。 |
黒松内町 |
道の駅 くろまつない | |
黒松内町の自然と文化の情報や特産品を一堂にラインアップ。トワ・ヴェールはフランス語で「緑の屋根」、II(ドゥー)は2番目の意味で発音が「ドゥー」で「DO」つまり「体験・行動」を表します。気楽に訪れていただき、身近な自然や味を体験してください。 |
歌才湿原 | |
夏はエゾカンゾウが一面に咲きそろい、辺り一面がオレンジ色の花園になる歌才湿原(高層湿原) 国道沿いの低地にあるのに、ふつう高山の湿原でしか見ることの できない珍しい草花をみることができます。 |
古平町 |
禅源寺 | |
曹洞宗法興山禅源寺には、大網元の種田富太郎がかつての海難の経験から、航海の安全を祈願し寄進した五百羅漢の油絵460枚が並びます。「朝の祈り」で有名な画家の林 竹次郎が大正9年から約20年の歳月をかけて制作したものです。 |
積丹町 |
神威岬 | |
大海原へとダイナミックにせり出した神威岬の先端までは、駐車場から約770m。両側に日本海の雄大な眺めが広がる遊歩道「チャレンカの小道」をたどっていくと、20分ほどで周囲300度の丸みを帯びた水平線を見ることができます。 |
島武意海岸 | |
透明度が高く「日本の渚百選」にも選ばれた神秘的な美しさをたたえた海岸です。透明度の高い海からは岩盤がのぞき、ビョウブ岩のある入り江に波が寄せるさまをいつまでも見ていたくなります。 初夏には断崖が、積丹の町花・エゾカンゾウで彩られます。 |
島武意トンネル | |
二人が並んで歩けるぐらいの幅のこのトンネルは、島武意海岸を望むおすすめビューポイントへの入り口。暗いトンネルを抜けると、明るいシャコタンブルーの海が目に飛び込んできて、絶景が一気に広がります。 |
神恵内村 |
道の駅 オスコイ!かもえない | |
ここ「オスコイ!かもえない」では、神恵内村の特産品などを販売しています。 なかでも「活ホタテ」は、館内にある水槽から自分で網を使って獲り購入することができるので、多くのお客様から好評です。 |
泊村 |
鰊御殿とまり | |
泊村の鰊漁が始められたのは今から約300年前といわれています。明治になって鰊漁が全盛期を迎えると、泊村には50を超える鰊番屋が建ち並びました。鰊漁によって莫大な富がもたらした鰊番屋は泊村の繁栄の象徴でもあったのです。 |
法輪寺 | |
文久3年(1863年)梅木悦道師によって創建された泊村糸泊の瑞龍山法輪寺の本堂には、華やかな「天井絵」と透かし彫りの「欄間」があり、ニシン漁全盛期の様子を伝えています。 本堂の格子天井には、花鳥・風月・人物・説話・十二支などの絵が描かれ、またその周りには中国に古くから伝わる「親孝行の話」をテーマにした「二十四孝」の欄間の透かし彫りが張りめぐらされています。 |
岩内町 |
道の駅 いわないたら丸館 | |
旅のおすすめや道路情報の案内、物産案内所「 また、「しりべしiセンター」の「岩内iセンター」としても機能しています。 毎年10万人を超える観光客が、観光情報等を集めにやって来ます。 |